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米国の人種差別とその事件の歴史をまとめてみた。「大統領の執事の涙」を見て




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映画「大統領の執事の涙」を見てきました。歴代大統領に仕えたという側面でばかり期待していましたが、人種を超える家族、親子愛に加えて、米国での凄まじい人種差別をめぐる歴史を見ることができました。

実在するユージン・アレン(Eugene Allen)をモチーフにしており、一度は見るべき映画だと思います。

人種差別があったのは歴史で勉強した範囲くらいの知識しかありませんでしたが、思えば、1960年代とは日本で言うと終戦後の高度成長が始まる頃。この頃にここまでの激しい人種差別が行われていたことにショックを受けました。映画の中でも述べられていましたが、他国の歴史には口を出すアメリカの内政はこんなにも荒れていてたことは、世界を引っ張る国としてどうだったんだろうと感じてしまいます。将来中国やアジア、アフリカがより力を発揮する時代にも同様の激動期があるでしょう。

とにかく、改めてしっかりと勉強したいと思います。
そのとっかかりとして、アメリカの人種差別の歴史を調べてみました。



1人目:アイゼンハワー(第34代、1953-1961)

軍部出身でコロンビア大学学長であった。第2次世界大戦の英雄。大統領時代には米ソ冷戦時代。国内では、黒人公民権運動が広がりを見せる時代だったが、これに対しての結果は出せていないとの評価がある。

ブラウン判決・・・公立学校における白人と黒人の分離教育が違憲となり、各地で白人と黒人が同じ学校に通う融合教育化が進められるようになった。

エメット・ティル事件・・・黒人少年に対するリンチ事件で、全米を震撼させた残忍すぎる事件。映画でも重要な意味を占めている。

リトル・ロック高校事件・・・黒人学生の入学性が拒否され、大統領はアメリカ陸軍を学生の護衛に出動させました。



2人目:ケネディ(第35代、1961-1963)

日本でも有名な大統領の一人。キング牧師の釈放への関与もあり、黒人層からの支持も高かった。

バーミングハムのデモ行進・・・穏当なデモに、警察犬、高圧放水が子どもに向けられます。映画でも出てきます。

メレディス事件・・・ブラウン判決で、黒人も同様に学校に通うことが出来ることになったが、現実では多くの学校が受け入れていなかった。この事件では、黒人学生の通学が拒否されている現状を打破するため、軍が登校に付き添うことにより法厳守を進めた。しかし、暴動も発生し多くの犠牲者も出ています。

公民権法案提出・・・いわゆる「ジム・クロウ法」を禁止する法案を次々と成立されました。

ケネディ暗殺・・・ケネディ婦人はピンクの血まみれの服を着替えずにいて、その惨劇を伝えようとしたという話は有名です。



3人目:ジョンソン(第36代、1963-1969)

公民権の確立を骨子とする「偉大なる社会」 (Great Society) 政策を進めた。ベトナム戦争への軍事介入開始。
  
・ミシシッピー失踪事件・・・公民権運動家3人がKKKのリンチにより殺害される事件。 ミシシッピーバーニングという映画もある。

公民権法制定・・・キング牧師などの公民権運動の指導者と協議を重ねる傍ら、保守議員の反対に粘り強く議会懐柔策を進めた結果、1964年に成立。

ベトナム戦争・・・これによって、アメリカの軍隊史上初めて「黒人部隊」が編成されず、黒人が士官として配属され、白人の下級兵士に対して指揮を執ることとなった。

マルコムX暗殺・・・KKKにより標的にされていた。息子はこの活動にも参加する。

ブラックパンサー党・・・思想はマルコムXの暴力主義を受け継ぐもので、アフロヘアーにし、ユニフォームとして青いシャツ、黒いジャケットとズボン、黒いベレー帽を着用し、ショットガンで武装していた。息子はこの暴力主義には賛同できず党を去る。ちなみに、「フォレスト・ガンプ/一期一会」でもブラックパンサー党の支部で暴れる場面もあり、フォレストガンプが白人から見た歴史なら、「大統領の執事の涙」は黒人から見た歴史とも言える。

セルマのデモ行進(血の日曜日事件)・・・1965年。デモ隊は、州都モンゴメリーまで行進を続けることで、警官隊達が合衆国憲法違反をしたことをアピールしようとした。しかし、報道機関の目の前で、彼らは無抵抗のデモ隊に対して棍棒や催涙ガス、鞭などを使ってセルマに追い返した。

キング牧師暗殺・・・モーテルの2階のベランダで暗殺される。その後アメリカ国内の多くの都市で、アフリカ系アメリカ人による暴動が巻き起こる。映画でもこのシーンがある。



4人目:ニクソン(第37代、1969-1974)
 ベトナム戦争撤退。公民権運動は、ニクソン大統領時代までが高まっていた時期とされる。



5人目:フォード(第38代、1974-1977)



6人目:カーター(第39代、1977-1981)



7人目:レーガン(第40代、1981-1989)

人種差別問題の解消に対して積極的な態度を取り続ける。日本に関しては、1988年には戦後長らく懸案の課題だった第2次世界大戦中の日系人の強制収容に対して謝罪と1人当たり20,000ドルの損害賠償を行っている。

・南アフリカの反アパルトヘイト政策を擁護・・・イギリスのサッチャー首相と共に、その後の南アフリカのネルソン・マンデラ大統領に訴えた。その後、マンデラ大統領はノーベル平和賞も受賞している。

・反アパルトヘイト法案成立 1991年成立。成立後のマンデラ大統領の活動により徐々に実情が変化することとなる。



最後に:オバマ(第44代、2009~)

黒人初の大統領。ハワイ出身。初めての黒人系大統領ということは、世界中に大ニュースとして駆け巡った。「自由の国アメリカ」を象徴する歴史的な出来事。映画でもこれに触れており、主人公もこれに深く感銘を受けています。

そして、現在も実在する人種差別問題。この問題はアメリカだけでなく、世界的にしっかりと向き合わねば行けない問題ですね。もっと勉強します。

キング牧師演説から50年。人種差別問題の今
http://www.nhk.or.jp/worldwave/marugoto/2013/08/0829.html

そして、映画「大統領の執事の涙」の実在のモデルが「ユージン・アレン」です。写真はwikipediaより。

彼は1986年に退職、彼の妻は、2008年のオバマの投票日前日に亡くなります。結婚して65年も連れ添ってきました。1人息子がいます。

【参考】
アフリカ系アメリカ人公民権運動 – Wikipedia

アメリカ合衆国副大統領 – Wikipedia

大統領の執事の涙 – Wikipedia

Eugene Allen – Wikipedia, the free encyclopedia